「ジリーーン」
めぐみちゃんはにぎやかな目覚まし時計の音に目を覚ましました。
いつもはママが来るまで起きないのに、今日は自分で起きたのです。
今日はめぐみちゃんにとってとても大切な日です。だから自分で起きました。
それはある約束を果たさなければいけなかったから。
「あら、すごい!自分で起きたの?」
ママは目を丸くしながらパンにバターを塗ってくれました。
「すごいでしょ」
「でも、どうしてなの」
「なんとなく・・・ね」
ママは早起きの理由を知りません。なぜならめぐみちゃんは今日のことを内緒にしていたからです。
朝ご飯を済ませて服に着替えると、でかける用意を始めました。
「どこかいくの?」とママが聞きました。
「公園まで行って来る」
「ふーん、きをつけてね」
「いってきまーす」
めぐみちゃんはいきおいよく玄関を飛び出しました。
向かうところは丘の上の小さな公園。
そこから見える街の景色はすてきで、めぐみちゃんにとって、とっておきの場所でした。
公園まではきれいな並木道が続いています。
めぐみちゃんは緩やかな坂道をドキドキしながら歩いていきました。
めぐみちゃんはとてもおばあちゃんが好きでした。
おばあちゃんはいろんな話を聞かせてくれました。そしておやつをいつも作ってくれました。
でも、おばあちゃんは一年前に病気で入院しました。
そして、家族みんなに見守られて天国に行ってしまいましたのです。
めぐみちゃんは悲しくて仕方がなかったけれど、いつまでもくよくよしませんでした。
それは、おばあちゃんと大事な約束をしていたからです。
めぐみちゃんは歩きながらおばあちゃんとの約束を思い出していました。
「めぐみ、まだおばあちゃんが少女だった頃、ある男の子を好きになったんだよ」
「へえー、どんな子だったの」
「背の高い、とても優しい子だったよ」
それは、おばおちゃんにとって、初恋でした。
「ふーん」
「あの頃は堂々とはつきあえなくてね。周りに反対され、その恋はかなうことはなかったんだ」
「そんなのかわいそうだわ」
「そういう時代だったんだよ。そして戦争が始まって、それからはずっと離ればなれになってしまったんだよ」
「兵隊さんになったの」
「そう・・・」
微笑みながら話すその目は何となく寂しげでした。
「最後に出会った日、丘の公園で50年後に出会おうと約束を交わしたんだよ」
「もうすぐだね」
「うん。でもそれまでおばあちゃんが生きていればね」
「絶対大丈夫。会えるよ」
「もしも、生きていなかったら、めぐみが代わりにいっておくれ」
「わたしが?」
「そうだよ。約束だよ」
こうしておばあちゃんはめぐみちゃんに一通の手紙をことづけました。
手紙をことづけること、それはめぐみちゃんにとって、とても大切な約束だったのです。
それが50年後の今日のこの日なのです。
めぐみちゃんは天国にいったおばちゃんの代わりに、預かった手紙を初恋の人に渡さなければいけません。
めぐみちゃんは、この日をずっと待っていました。
公園につくと池の側の白いベンチに座りました。
朝が早いので公園にきている人は少ないようです。
「優しそうなおじいさんが来るのかなぁ」なんて考えながら、めぐみちゃんはどきどきしていました。
しばらく待っていましたが、それらしき人がくる気配がありません。
少し不安に思いながらも、ずっと座っていました。
やがて太陽は高くなり、お昼がちかづいてきました。
段々とおなかがすいてきたのがわかりました。
それでも約束のためです、我慢をしなければいけません。
それからも誰も来る様子は全くありませんでした。
めぐみちゃんはふと顔を上げ周りを見渡しました。
そのとき、少し離れたベンチのそばに小さな花壇を見つけました。
花壇には小さい花が咲き、小さな苗木も植えてありました。
「わぁ」
めぐみちゃんは花壇へと近づいていきました。
普段は走り回って遊んでいるので花壇があることに気がつきませんでした。
「小さいけどきれいな花ね」
とのぞき込んでいると
「なにしてるんだ、さわるな」
後ろの方から叫ぶ声がしました。
驚いて振り向くと一人の少年が近づいてきました。
「えっ・・・」
「勝手にさわるな。あっちに行け」
「いいじゃない」
めぐみちゃんは少し頭にきました。
「わかったわよ、そんなに怒ることないでしょ」
こんな子を相手にしても仕方ないと思って、めぐみちゃんはベンチに戻りました。
「なによ。いったい」
とにかくいまのめぐみちゃんにとって大事なのは、約束を果たすことでした。
その後、さっきの少年は、花に水をやり、花壇の周りを掃除し始めました。
めぐみちゃんは、少年がどうしてあんなに怒るのか理解ができませんでした。
そして、何となく気になっていました。
それからもめぐみちゃんはベンチに座り、待ち続けました。
めぐみちゃんは鳥の鳴き声にふと目を覚ましました。
少しの間、居眠りをしていたようでした。
目を覚ますとあたりはもうお昼になっていて、めぐみちゃんは少し焦りました。
もしかしておばぁちゃんの初恋の人が、とっくにきて、帰ってしまったのかもしれません。
そう思うといてもたってもいられなくなってきました。
ふと遠くを見るとさっきの少年がまだ花壇の掃除を続けていました。
「そうだ、あの少年に聞いてみよう」
さっきのこともあって、あまり気乗りがしませんでしたが、めぐみちゃんは思い切って少年にちかづいていきました。
「なんだよ」
「ここにおじいさんみたいな人がこなかった?」
「誰もきていないよ」
少年は突然のことに少し驚いた様子でした。
「ありがとう」
めぐみはホットしてベンチに戻ろうとしました。
そのとき、少年のポケットから一通の手紙が落ちました。
「あっ」
気づいた様子がないので拾ってあげようとおもいしゃがむと、ふと宛先に目がいきました。
そこにはおばあちゃんの名前が書いてありました。
「返してくれよ、大事な手紙なんだ」
「どうしてこの手紙を・・・」
「えっ」
「その宛先、私のおばあちゃんなの・・・」
めぐみちゃんは鞄のなかからおばあちゃんに預かった手紙を取り出しました。
「この人知ってる?」
少年は宛先を見ると目を見開いて「僕のおじいちゃんだ!」と突然大きな声をあげました。
それはめぐみちゃんと少年にとって大きな驚きでした。
「あなたのおじいさんに会うためにこの公園にきたんだよ」
「きみが?」
「私のおばあちゃんはもう死んだの・・・」
「僕のおじいさんも二年前に死んだんだよ」
「そうなの?」
少年もめぐみちゃんと同じように、おじいさんとの約束を果たそうとしていたのでした。
「この花壇はおじいちゃんの形見なんだ。おじいちゃんは、もし自分が死んでも初恋の人に出会えるようにってここに花や苗木を植えたんだ」
「だからあんなに一生懸命に掃除していたんだ」
「花壇の世話をすること、それはおじいちゃんとの約束なんだよ」
二人はお互いの手紙を交換しました。
その手紙には50年という重みがありました。
そして二人には約束を果たせたという気持ちと、互いに不思議な親しみがうまれました。
50年後のこの再会は新しい出会いを生むことで果たされたのかもしれません。
おじいさんの思い出、そしておばあちゃんの思い出を二人はいつまでも語り合いました。
まるでいままで見知らぬ二人だったとは思えません。
太陽はすでに西に傾き、二人を赤く染めていました。
「それはとてもいい思い出だったの。忘れることはないわ」
「そうなんだぁ」
「そしてあなたが生まれたの」
お母さんは遠くを見るような目で眠りかけている女の子に語りかけました。
「その少年はあなたのパパなのよ」と。
・・・・・
おわり