(工事のためしばらく通行止めになります。協力のほどよろしくお願いします)
おじいさんは、川ぞいにある立てかんばんをみていました。
「いよいよだな」
おじいさんは、ゆっくりと軽トラックにもどり、荷台にたこ焼き屋台をくみたてはじめました。
おじいさんが、この場所でたこ焼き屋台をはじめて、三十年以上がたちました。
町の人たちには「たこ焼きおじさん」として、したわれてきました。
「たこ焼きおじさん」も、今ではすっかりおじいさんになっています。
一面に田んぼだったこの町も、大きなビルがたち、都会の仲間入りをしました。
けれども、このあたりだけには、まだのどかな風景がありました。
おじいさんは、この場所がお気に入りで、いままで一度だって売り場を変えたことなどありませんでした。
空が赤くなり、あたりにソースのにおいがただよってきました。
お客さんたちが、一人二人と屋台にあつまってきます。
おじいさんの手は、たこ焼きをクルリと回したり、青のりをかけたりと、いそがしく動いていました。
「今日買えなかったら、一生こうかいすると思ってね」
一人の主婦がいいました。
「そういってもらえるとうれしいがね」
話していても、おじいさんの手は止まりません。
「工事が終わってから、またやればいいのにねぇ」
だれも、もっともだという顔をしました。
「いつまでもっていうわけにはいからなぁ。いい機会だよ」
おじいさんは、軽くほほえみました。
明日から、川ぎしで大きな工事がはじまります。
市役所の人からは、しばらく協力してほしいといわれました。
おじいさんは、年齢のこともあったので、これを機会にお店をしめようと思いました。
工事が終わると、川の風景は、大きく変わってしまいます。
お気に入りの風景も、今日で見おさめでした。
小学生の兄弟が、息をきらして走ってきました。
「今日はお父さんは?」
おじいさんがたずねました。
「夜おそく帰るから、買っておくようにいわれたんだ」
「最後に食べておきたいんだって。まにあって良かったよ」
「お父さんによろしくな」
おじいさんは、よぶんにもう一パックを袋に入れ、こどもたちにわたしました。
「残ったところでしかたないしな」
おじいさんは、てれくさそうな顔をしました。
「もうけるつもりがないのが、いいとこなのよね」
主婦が、あきれた声でいいました。
今日は、お客さんがとだえることがありません。
たこ焼きは、残るどころか売り切れになりそうないきおいです。
どのお客さんも、今日でたこ焼き屋が終わるのを残念がっていきました。
そのたびに、笑ってすますおじいさんでしたが、正直なところ、胸がいたむのでした。
空には、もう一番星が顔をだしていました。
たこ焼きは、ほとんど売れ、もうわずかしか残っていませんでした。
お客さんがいなくなった屋台で、おじいさんは、しばらくぼんやりしていました。
あたりの家には、ポツポツと明かりが灯りはじめています。
川は、その明かりをうつしながら、ゆっくりと流れていました。
おじいさんは、てっぱんをそっとなでてみました。
道具たちには、それぞれに思い出があります。
おつかれさんと心でいいながら、道具を一つずつ、いたわるように片づけはじめました。
そのときでした。
うしろから声が聞こえました。
ふりかえったおじいさんは、かたまってしまいました。
なんと、カッパの親子でした。
口は三角にとんがって、頭の上に小さなお皿が光っていました。
「カッパには売ってもらえませんか?」
母ガッパがいいました。
そのうしろで、子ガッパが、くせなのか頭の皿をずっとさわっていました。
カッパがたこ焼きを買ってはいけないことはありません。
カッパだって、お客さんにはかわりないのです。
おじいさんは、すぐに笑顔にもどり「いらっしゃい」といいました。
「おそくてごめんなさい。人前にはでられなくて」
母ガッパが、もうしわけなさそうな顔をしました。
「めずらしいお客さんだね」
おじいさんは、ひとつだけ残ったたこ焼きのパックを手に取りました。
「残っていてよかったなぁ」
おじいさんのことばに、親子はホッとしたように顔を見あわせました。
「一回でいいから食べたかったんだ」
子ガッパが、うれしそうに走ってきました。
カッパの親子は、ずっと前から、このかわらに住んでいました。
子ガッパは、いつも草のあいだから屋台をのぞいていたそうです。
たこ焼きを食べたいのに、においだけでがまんしているすがたを見て、母ガッパは、一度でいいからたこ焼きを食べさせたいと、思っていたのでした。
子ガッパは、口のまわりにソースをいっぱいつけて、たこ焼きをほおばっています。
「せっかくだけど、お店は今日で最後なんですわ」
「工事がはじまりますからねえ」
母カッパがうなずきました。
おじいさんは一つ息をつき、川の方に目をやりました。
「このあたりの景色も変わってしまうんだろうなぁ」
「新しくなったら、私たちカッパはくらしていけません。つらいけれど、今夜ここを去ります」
「そうかい・・・・・・」
おじいさんの顔がくもりました。
「行き先はあるのかい?」
「上流の方にいけば、見つかるでしょう」
おじいさんは、カッパの親子の気持ちが、自分ことのようにわかるのでした。
親子は、お金のかわりに、手のひらにのるくらいの石をくれました。
「これは忘れな石といいます。もとは、ここのかわらの石です」
石は、すきとおるほどピカピカにみがかれていました。
「すごくきれいだよ」
おじいさんは、石をじっくりながめました。
「忘れな石の中では、この風景は生きつづけます」
「忘れな石かぁ。これを持っていれば、今の風景を忘れないかい?」
おじいさんは、母カッパの顔を見ました。
「ええ、石をぎゅっとにぎって目をとじると、きっとよみがえってくるでしょう」
おじいさんは、いわれた通りにしました。
頭に、川の景色がくっきりとうかびあがりました。
そして、何十年もの思い出とお客さんの顔がよぎってきました。
おじいさんは、涙が出そうになり、あわてて目をあけました。
「すごい石だね。大事にするよ。ありがとう」
「さびしくなったら、忘れな石がすくってくれるはずです。では、私たちはこのへんでいきます。いつまでも元気でいてください」
「君たちもね」
親子は、頭をさげると、ていぼうを上流のほうへとむかって歩きはじめました。
「きっといい住み場所が見つかるよ」
おじいさんは、はなれた親子に大きな声でいいました。
母カッパがふり返って手をふり、子ガッパも皿をなぜるのをやめて、手をふりました。
そして、また歩きはじめました。
おじいさんは、親子の背中を、見えなくなるまでながめていました。
やがて、おじいさんは立ち上がり、大きなせのびをしました。
夜空をみると、たくさんの星がかがいていました。
「さてと、わしも去ろうかな」
おじいさんは、石をポケットに入れると、ふたたび屋台を片づけはじめました。
おわり