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マネキンと暮らす青年

 

 岡田浩介はテーブルに座り、夕食を食べていた。その向かいには一体のマネキンが座っていた。それは他人から見ると、奇妙な光景だったに違いない。

 複雑な人間社会の歪みがそうさせたのだ。浩介は異常な心理状態とは思っていなかった。むしろ異常だったのはこのマネキンに会うまでだ。
浩介はコンビニの弁当を口に入れながら一年前の自分を思いだしていた。
 
 地元の大学を卒業して、上京した浩介はある商社に勤めた。ぬるま湯に使っていた学生時代とは違い、現実の社会は厳しいものだった。
営業での失敗、それがすべての始まりだった。上司に罵られ、プライドもがたがたになった。同僚も冷たいもので、かかわりたくいないのだろう、浩介は孤立していった。
 その後は何をやってもうまくいかなかった。上司とは折り合いがつかず、「おまえはとっととやめろ」という言葉が頭の中をエンドレスで回っていた。
それ以来、対人恐怖症のようになり引きこもることが多くなった。
そして、つきあっていた彼女にも愛想を尽かされる有様だった。
 
 浩介はある日近くの路地裏で一体のマネキンを見つけた。埃まみれのマネキン、その目は浩介を凝視していた。なにか助けを求めるような視線、浩介はそれに自分をだぶらせた。そして、なんのためらいもなく、部屋へと運んだのだ。「こいつと一緒に生きていこう」そう思ったのだ。
 
 それからの浩介は変わった。マネキンは自分の心を開ける唯一の存在だった。語りかけることで、すべての鬱憤を浄化してくれていた。上司との折り合いもよくなり、営業成績もうなぎ登りによくなった。
「おまえのおかげだよ」
浩介はお茶をすすりながらマネキンに語りかけた。マネキンは何もいわない。でも心を受け止めていてくれる、そう思った。
 
 食事を終えると、浩介は二通の請求書に目を通した。一つは電話代の請求書だった。
合計金を見たとき、浩介は我の目を疑った。とてつもなく法外な電話料金だったのだ。
「なんだこれは・・・」
普段の五倍もの請求、まったく身におぼえがないものだった。
「まさか」
浩介は急いで次の封筒を開けた、クレジットの明細だった。中に目を通してみると、なんと100万円以上も使われていたのだ。ホテルでの食事代、スポーツジムの入会金、使用料、貴金属の購入など、すべてが知らないものばかり。
「いい加減にしろ、何かの間違いだ」
浩介は、机を握りこぶしで力一杯たたいた。
激しい憤りにベットにひれ伏し、頭を抱えこんだ。
しばらくして、浩介は心を必死で落ち着かせ、この一ヶ月を振り返ってみた。
 
 よく考えてみるとおかしな事が起きていた。
会社に名乗らない電話が頻繁にかかってきていたのだ。営業に走り回っていた浩介はその電話には出たことはなかった。気になったものの、どうせその手の勧誘か何かだろうと考えていた。知らない宅配が届きそのまま返品したこともあった。入ったおぼえのない地元の同窓会から会報が届いたりもした。
それらがこの一ヶ月に集中している。
どう考えてもおかしかった。何かの手違いがあったとしても、こんなに偶然が重なるものだろうか。
「誰かが僕を装っているのか、だとすれば・・・」浩介は何か不吉なものを感じた。
「まさか、マネキンが・・・そんなわけないよな」
布団から顔を出し、マネキンに視線を送った。そこには何も変わらないマネキンの姿があった。
その後マネキンがニヤリと笑ったことに浩介は気づいてはいなかった。
 
 次の日。
会社に出勤して愕然とした。自分のデスクがなくなっていたのだ。
「どういうことだ」近くの女性社員に尋ねた。
「あの、どちら様でしょうか」その社員は怪訝そう目で答えた。
「何を言っているんだ、冗談はよせ」浩介は怒鳴り声をあげた。
「なんだね、君は。」
騒ぎに気づき、部長が近づいてきた。
「部長、どういうことなのですか」
「だから君はなんだ。警察を呼ぶぞ」
「岡田浩介です。あなたの部下です。」
「岡田?岡田ならもう退職したぞ」
「えっ・・・まさか」
悪い冗談はよしてくれ、そう思った。
呆然と立ちつくしていた浩介は、ハッとした。
胸騒ぎを感じた。気づくと、もう会社を飛び出していた。
 
 「マネキンだ、あいつに違いない。俺はあいつに乗っ取られる」
浩介は走った、息切れしながらも思いっきり走った。
まもなく自宅だ。
 マンションの下にたどり着くと、トラックが停車していた。トラックの荷台に「引越センター」と大きくかかれてあるのが目に入った。今まさに引っ越しの荷物が積み終わるところであった。
浩介は階段を駆け上がり、思いっきりドアを開け放った。
「ど、どうして」
そこには信じられない光景があった。何もない部屋、がらんどうとなった浩介の部屋だった。
そして、窓辺には一体のマネキン、いや、一人の男が立っていた。
「フフフフ」
振り向いた男は奇妙な笑みを浮かべていた。
唖然としながら、浩介はある変化を感じ取っていた。命を吸い取られるような感覚、そして自分がプラスチックへと姿を変えていく感覚を。
 

 
 浩介は薄汚れた姿であの路地裏に捨てられていた。とても寂しい目をして・・・。
やがて一人の青年が前を通りかかった。
「次はおまえだ」
浩介は心の中で呟き、その青年を凝視した。
 

 

おわり