この街にやってきたのは、一年ぶりです。
今日から冬がはじまるのです。
まだ秋の気分がぬけない街の人たちに、冬がきたことをしらせるのが、北風の最初の仕事でした。
まちにまったこの日です。
北風は草原や街のなかを、じょうきげんで走りぬけていきました。
つきさすような冷たい風で、かれはをまいあげ、人や動物たちにおそいかかります。
これから、思うぞんぶん走ることができるのです。、
ちょうしにのった北風は、、さらにいきおいをましました。
山からくだれば、広い平原がまっています。
ここは、北風がとても好きなところでした。
平原のまんなかには、まちへと長い道がつづいていました。
北風は、道のとちゅうで、一人の少女のよこをとおりすぎました。
少女は、あまりのつめたさに、思わずみをかがめてしまいました。
その時です。風のいきおいで、少女の赤いぼうしがとんでしまいました。
「あっ」
少女は手をのばしましたが、ぼうしは、あっというまにどこかにとばされてしまいました。
北風は、そんなことにはまったく気づきません。
ふりかえることなく、街のほうへといってしまいました。
あくる日、北風は、平原のなかに赤いぼうしがおちているのをみつけました。
それは、どこかでみたことがあるぼうしでした。
北風は、ふと、きのうこのあたりで一人の少女を見たことを思いだしました。
ぼうしは、あの少女のものにちがいありません。どうやら、少女のぼうしをとばしてしまったようでした。
北風は、めずらしく、もうしわけないことをしてしまったなと思いました。
また少女をみたら、かえそうと、ぼうしをひろいあげました。
まもなく、真冬にはいりました。
池には氷がはり、空にはネズミ色の雲が毎日のようにいすわっていました。雪はいくどとなく降りつもり、あたりを白くかえてしまいました。
あれから北風は、少女を見たあたりを、なんども通ってみました。けれども、少女のすがたをみることはまったくありませんでした。
街の中や平原、川のそば、あらゆるところをさがしまわりました。つららや雪だるまにも声をかけてみました。
北風は、冬のあいだじゅう少女をさがし続けていました。
ときはすぎ、街や山にふりつもった雪は、すこしずつとけはじめました。クリスマスなど、今は遠い昔に思えます。
もうすぐ春がくる、とだれもがきたいにむねをふくらませていました。
北風は、あと少しでここをさっていかなければいけません。
それまでに、少女にぼうしをかえさないといけないのです。けれども、いまだに名前もすむところもわからないのでした。
そんなとき、池のちかくの水鳥たちが、少女のことを教えてくれました。
「少女は、春にならないとあらわれないと思うよ」
「どうしてだい?」
北風がきくと、
「よくわからないけど、毎年冬になるとみなくなるんだ」
「そうだよ、でもウサギならくわしいかもしれないなぁ」
水鳥たちは、顔をみあわせていいました。
北風は、さっそくウサギのところをたずねてみました。
「ああ、しってるよ、あのこは冬になると家からでてこなくなるんだ」
「そうかぁ、でもどうして・・・」
「病気がちだから、さむい冬をきらっているんだよ」
「じゃあ、もうあえないかなぁ」
北風は、さびしそうな顔をしました。
「でも春がきたら、かえせるんじゃないの?」
ウサギは不思議そうにいいました。
「だめだよ、春には僕はもういないんだよ」
北風はためいきまじりにいいました。
「ごめんね。なにも知らずに。でもとりあえず、家のそばまで行ってみたらどうかな」
ウサギは、少女の家を教えてくれました。
家にいけば、かえせるチャンスがあるかもしれません。
北風は、おれいをいうと、その場をあとにしました。
少女の家は、街から少しはずれたところにありました。
庭がきれいな小さい家でした。まわりにはほかの家もなく、北風がいつも思い切り走るところでした。
北風は、おどろいてしまいました。今までなんどとなく走ってきたところなのに、全く気づかなかったのです。
北風は、家のなかをそっとのぞいてみました。
南向きの部屋の窓から少女のすがたがみえました。
髪の毛のきれいな、色白の少女でした。少女は、ベットから体を半分おこして、外をながめていました。そばには母親がつきそっていました。
母親は、少女になにかをかたりかけているようすでした。
北風は、耳をかたむけてみました。
「あなたは、もう外にでることができるのよ」
「さむいからむりだわ」
少女は、くびをよこにふりました。
「さむいからって家の中にいたら、いつまでたっても体を強くできないのよ」
「いやっていったらいや!」
少女は、ふとんを頭までかぶってしまいました。
「しかたない子ねぇ」
母親は、大きなためいきをつくと、部屋から出ていきました。
少女は、外へでることをいやがっていたのでした。
北風は、どうしていいかわかりませんでした。
少女が外にでてくるのをまつしかないのです。
今日はきっと外へでてくれるだろうときたいしながら、北風は毎日のように少女の家におとずれました。
でも少女は、窓ごしに外をながめるばかりで、いつまでたっても外にでようとしませんでした。
そのあいだにも、北風が、北国に帰る日はどんどんせまってきます。
けれども北風には、少女のすがたを窓からのぞくことしかできないのでした。
この日も北風は、少女の家へとやってきました。
母親は、ちょうど買い物からかえってきたところでした。
荷物をおろしていると、
「お母さん、ぼうしはまだみつからないの」
少女が心配そうにたずねました。
ぼうしの話をはじめたので、北風はおどろきました。
「だめだったわ、もうあたらしいのをかったほうがいいかもね」
「そう・・・」
少女は、ふしめがちに外を見ました。
「じゃ、こんどいっしょにさがしにいく?」
「さむいからいやよ」
「もう雪もきえたし、すこしはあたたかくなってきてるのよ」
母親は、少女の手をにぎりました。
「まだ風がつめたいもん」
「外にでていかないとだめよ」
「冷たい北風かわるいのよ、はやく北国にかえったらいいのよ」
少女は、そういってまたふとんにもぐりました。
少女のことばに、北風はふかくきずついてしまいました。
少女が外へでられないのも、すべて自分がわるいのです。自分が北風だということをうらみました。
もう、ぼうしをかえすことなどできません。
北風は、悲しくてそこにいることができなくなりました。
山にかえっても、北風のかなしみはとまりませんでした。
もう、まえのような元気はありません。
その日をさかいに、平原を走ることも街にもよりつくことも、ほとんどなくなりました。
そんな北風のようすをみて、心配したウサギがこえをかけてきました。
「さいきん、元気がないね、冬はもうすこしのこってるのに」
「自分がいやになったんだ」
北風は、今までのことをウサギにはなしました。
「うさぎさん、春になったらあのこにぼうしをかえしておいてほしいんだ」
「どうして?」
「ぼくのせいだから・・・もう北国にかえるつもりだよ」
北風は、小さくつぶやきました。
「きみはわるくないよ、もしそう思うんだったら、外をこわがらないようにしてあげなよ」
ウサギは、はげますようにいいました。
「でもどうしたらいいのかわからないよ」
「きっといいほうほうがあるよ、いっしょに考えよう」
ウサギのことばに、北風はすこし元気がでてきました。
春まで時間は、あまりありません。
北風とうさぎは、どうすれば少女がこわがらずに外にでられるようになるだろうかと、いろいろと考えました。
北風の帰る日は、すぐにやってきました。
長かった冬は今日で終わります。
雪は、もうどこにものこっていません。日差しもとてもやさしく、木には小さなつぼみがふくらみはじめました。
人も動物も、春のおとずれを心まちにしているようでした。
「もう、春はそこまできてるわ」
母親は、少女のよこにこしかけました。
少女は、なにもいわずにうつむきました。
「もう十分でられるわよ」
「まだ、でたくないの」
「ふうっ、またそんなこといって。お母さんいまからかいものにいってくるから」
母親はひざをたたいて立ち上がり、あきれた顔で部屋をでていきました。
少女は、ぼんやりと窓の外をながめていました。
窓からやさしい光がさしこんでいました。庭木のまわりでは、小鳥たちが楽しそうにとびまわっていました。
とつぜん、なにかの音がしました。
窓の外からのようです。
少女は、ベットからでると、窓のしたをのぞきこみました。
「まあ!」
そこには、なくしたぼうしがおちていました。のりだして、手をのばせば、なんとかとどきそうでした。
少女は窓を、手が入るほどあけました。
部屋に、いっきに冷たい風がはいってきました。
少女はひっしで手をのばしました。あともうすこしというところで、とつぜん北風がふきました。
ぼうしは、あっというまに道のほうへととばされてしまいました。
少女は風のあまりの冷たさに、思わず窓をしめました。
「あぁ、はやくとりにいかないと」
少女は、台所へと走りました。
「お母さん、ぼうしをとってきて、はやく!」
母親をさがしましたが、どこにもいません。すでにかいものへでてしまったようでした。
はやくしないと、ぼうしはどこかへとばされてしまいます。
少女は、しばらくためらっていましたが、コートをとりに走りました。
まえの道くらいなら、すこしでることができそうです。
ぼうしをひろって、すぐにかえってくればよいのです。
少女は、ながいあいだつかったことがないコートとてぶくろをみにつけて、げんかんのドアをあけました。
まもなく春といっても、外はまだまださむいです。
少女は、コートのえりをとじて、おもてへかけだしました。
ぼうしは、道のまんなかにおちていました。
しゃがんでひろおうとした時、また北風がぼうしをとばしました。
「あっ、まって」
少女は、ぼうしをおいかけました。
ぼうしは、風にふかれてどんどんとおくへとばされていきました。
「まってまって」
少女は、ひっしであとをおいかけました。
北風は、少女をからかうかのようにぼうしをどんどんととばしていきました。
やがて、ぼうしは小川のほとりにおちました。
少女はおいつき、、ハァハァといきをつきました。
ぼうしは、草むらのうえにのっていました。
「よかったぁ」
少女は、ぼうしをてにとると、そのばにしゃがみました。
「あぁっ、やっととれたわ」
息が切れそうでした。
しばらくしておちつくと、たちあがり、ふとあたりを見わたしました。
するとわが家が、遠くにみえていたのでした。
おどろきました。ぼうしをひっしでおいかけていると、こんなに遠くまで来ていたのでした。
少女がおどろいたのは、それだけではありません。
体がとてもあたたかいのです。
「暑いわぁ、走ったら暑い」
少女は、マフラーをはずしました。
もう真冬のような寒さではありません。思っていたような寒さはもうすぎていたのでした。
「もう寒くなんかないわ、動いたら暑いんだもの」
少女は、そういって大きく息をすいこみました。
すみきった空気がむねいっぱいに入ってきました。
こんなに空気をおいしいと思ったことはしばらくありませんでした。
今度から、こわがらずに外にでられるような気がしてきました。
すこし自信がでてきました。
ふと、小川の土手に目をやると、小さなつくしんぼが頭を出していました。そのまわりでは、冬眠からでてきたカエルたちがうれしそうにとび回っていました。
「みんな春がまちきれないのね」
少女は楽しそうに笑いました。
北風は、少女のようすをとおくから見ていました。
あんなに外をこわがっていたのがうそのようです。
ぼうしをかえせたことよりも、外へでる自信をつけてくれたことをうれしく感じました。
少女は、北風のことには、もちろん気づいていません。それでもいいと思いました。
もう、あんしんしてかえることができそうです。
「よかったね」
いつのまにか、ウサギがそばにいました。
「きみのおかげだよ、ぼうしを窓の外においてくれたから」
「そんなことないよ、きみの気持ちがつうじたんだよ」
ウサギは、少してれていいました。
「もう、あとかえるだけだよ」
「あっ、そういえば南風が、あいつはいつまでいるんだっておこってたよ」
「えっ、そりゃいそいでかえらなきゃ」
北風は、あわてました。
「はやくかえりなよ」
「さよなら、いろいろとありがとう」
北風は、ウサギに別れをつげ、北国へと走り出しました。
もう一度少女の方に目をやりました。
少女は、ぼうしをかぶり、あいらしいすがたでたっていました。
また会える、きっと会えると、北風は心にいいきかせました。
少しなごりおしいけれど、もうお別れです。
北風は、少女にお別れをつげるかのように風を送りました。
冷たい風でした。
けれども、その風は少女を優しくつつむかのようにみえたのでした。