この高台からは街がすべて見渡せる。
市場や教会、大きな河、遙か遠くに見える山々。
僕はこの景色を見るのがとても好きだ。
五年前、僕はだんな様とともにここへとやってきた。
毎朝、だんな様は街を眺めながら葉巻を一服する。そして笑顔で必ずこういう、「ここにきてよかった」と。そして僕の方に視線を向けてくれる。その時、僕はすごく満たされた気分になる。
季節はもう冬になりかけようとしていた。
僕はだんな様をみおくると、いつものように街を眺めていた。
ビューウー
北風が吹き、僕はそれに身を任せ、くるくると回った。
まもなく冬がやってくる。
北風に落ち葉がザァー゜と舞い上がり、僕の足下に引っかかった。
「もうこんな季節かぁ」
何となく一本の木に目をやった。木はほとんどの葉をなくし、寂しそうに立っていた。
「夏の頃は緑の葉が力強く生い茂っていたのになぁ」
そんなことを考えていると、また北風が吹いた。すると残りわずかの葉がとばされ、たった一枚の葉が残った。
「あーっ」
思わず声を出してしまった。
葉は細い茎一本に支えられていた。今にも飛ばされそうな、そんな状態だった。
「がんばれ」心の奥で叫んだ。
その後も北風が何度もふきつけた。しかしその葉は飛ばされることなく必死に枝にしがみついていた。
「これ以上吹かないでおくれ」
風に吹かれることが好きな僕は皮肉にも北風を恨めしく思った。
また北風が吹いた。 弱い風だったので葉は飛ばされることはなかった。
しかし大変なことになった。風により僕の体の向きが変わってしまい、葉の様子が見えなくなってしまった。
僕は気になって仕方がなかった。「風よ、吹くな」という気持ちと「少しでもいいから吹いてくれ」という気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
「どうして風見鶏なんかに生まれたんだ」
生まれて初めてそんなことを思った。
あの葉はいったいどうなってしまったのだろうか。
必死で体に力を入れてみたけれど同じだった。風の力なしには向きを変えることはできなかった。
「きっと葉は無事だろうな」
僕は自分にそういいきかせていた。
坂の下から二人の親子連れが歩いてくるのが見えた。
小さな女の子は右手に赤い風船を握っていた。
母とその女の子は楽しそうに僕の下を通り過ぎた。
「あっ、お母さん、あの木を見て」
「なあに」
「葉っぱがあと一枚しか残ってないよ。なんかかわいそうね」
「ほんとね。すこしでも風が吹いたら飛んでいきそう」
僕はその会話に耳を傾けた。
「よかった」
まだ飛ばされていないことがわかって、僕は安心した。
「木はどうなるの。葉っぱがなくなったら悲しくないのかな。」
「いつかは飛ばされてしまうよ。でも春になったらきっと、芽が出てきてにぎやかになるのよ。木はその日を信じているからこれっぽっちも悲しくないのよ」
「そっか」
僕はその話しにずっと聞き入っていた。
葉っぱがなくなったとしても、それですべてが終わった訳じゃないんだ。
少し気持ちが軽くなった。
親子は、しばらく木を眺めているようだった。
やがて弱い北風が吹き始めた。
「まもなく葉っぱは飛ばされてしまうんだろな」
僕は空を見上げてみた。
いつ雪が降ってもおかしくない、そんな色だった。
「うちに帰ろう」
母親が娘をうながした。
「うん・・・」
親子連れがその場を立ち去ろうとしたとき、強い北風が吹いた。
僕は風に任せて回転した。その時、最後の葉が枝から離れて飛んでいくのが見えた。
「あーっ」
舞い上がった葉は薄暗い冬空へと消えていった。
むなしい気持ちと、一方でなぜだかホッとした気持ちになった。
「さよなら」
僕は心の中でそう呟いた。
「飛ばされちゃったね」
「そうだね。春になったらきってにぎやかになるよ」
親子連れは、また歩き始めた。
「ちょっとまって」
おんなこが木の下へと戻ってきた。
「寂しくないように風船をくくってあげようよ」
垣根に上り、裸になった木の枝に赤い風船をくくりつけた。
「きっと喜んでるはずよ」
親子はお互いに顔を見合わせると、また歩き始めた。
僕はその風船をしばらく見ていた。
「これでよかったんだ。風船よ、寂しさを少しでもやわらげておくれ」
その言葉に応えるように、風船は揺れていた。
「南風がふくころ、新しい命に出会えるさ」
僕は心の中でそう呟いた。
街はもう夕暮れ時だ。
まもなくだんな様が帰ってくる頃だろう。
僕はまた北風に身を任せて回転した。
おわり