デートなんて何ヶ月ぶりだろう。ここ最近、僕は仕事にかまけていた。彼女のことなんかほったらかしだった。本当は今日も仕事だったが、取引先のミスが発生して、突然休みができたのだ。
僕らは港の公園にきていた。ここは、学生の頃の思い出の場所だ。
「どうしてもここに来たかったの」
彼女は行き交う船を眺めながら呟くように、そういった。
流行の映画やできたばかりのテーマパークには目もくれずにこの場所を彼女は選んだ。
僕には少し思惑違いだった。滅多にない休みなのに、負に落ちない気分だった。それに、はっきり言って、ここには来たくなかった。自分の罪を感じるからだ。
「この場所で二人きりになりたかったの」
「そうかぁ」
僕は彼女と目を合わさないようにして答えた。というよりかは、目を合わすことができなかった。
この何ヶ月間は、二人の距離をあまりにも引き離してしまった。彼女は、思い出のこの場所でリセットしたいと思ったのだろうか。もしそうなら、彼女にそこまで思わせた僕は、なんてひどいやつなんだろう。
会話はぎこちなかった。そう思ったのは僕だけなのかもしれない。共通の話題がないのだ。この二人の距離を取り戻すのは簡単ではない、と実感した。
公園は普段の日ということもあり、人の姿はまばらだった。いつのまにか建てられたモニュメントがまぶしく光に反射していた。
「写真、とろうよ」
僕は、倉庫で埃まみれだったカメラを持ってきていた。何となく持ってきていただけなのだが、今はこのぎこちなさを打破できる唯一の道具だと思った。
「とらなくてもいいよ」
嫌がる彼女を、半ば無理矢理に立たせた。
「あのモニュメントのそばがいいよ」
僕はカメラの撮影には少し自信があった。いくつかのコンテストにも応募したりもしてきたが、今となっては古い過去でしかなかった。
「よおーし、もう少し右によって、そうそう」
昔のきねづかとでもいうのだろうか。腕が鳴ってきていた。ファインダーの中で彼女とモニュメントの位置関係は完璧だった。このままシャッターを切れば最高傑作ができるはずだった。
「ん?」
シャッターが切れなかった。僕は何度も試みた。しかしシャッターはいっこうに切れなかった。さびついてしまったのだろうか。
「くそっ」
その時、僕はファインダー内で、あることに気づいた。彼女の目から一筋の涙が流れていたのだ。
「どうして・・・なぜ泣いているんだ」
僕はそのまま固まっていた。しばらくして、思い切って顔を上げてみた。彼女は泣いていなかった。どういうことだろう。再びファインダーを覗いてみた。やはり、そこには涙を流す彼女がいた。僕は再びシャッターを切ろうとした。シャッターはいっこうに切れなかった。
この状況は彼女には言わない方がいいだろうと感じていた。
「とれたよ」
僕は笑顔を送った。何事もなかったかのように見せた。その後カメラをのぞくのが少し怖くていた。自分の罪悪感から逃れるのにカメラを利用したから、カメラが言うことを聞かなかったのだ、と冗談交じりにおもった。でもあの涙は・・・。
僕は、彼女のマンションの下で車を止めた。
「今日は久しぶりに楽しかったわ。じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
玄関まで向かう彼女の後ろ姿を眺めながら、僕はため息をついた。大きな緊張感から解放され、疲れがどっと出てきた。振り返ってみると、今日は楽しい一日とはいえなかった。彼女の顔を正面から見られないほど、自責の念にとらわれていたのだ。まだ、僕に対して、少しでも不満を漏らしてくれた方がよかった。何もいわない彼女に、強いプレッシャーを感じていた。
「ふうっ」
ハンドルにもたれかかり顔を埋めた。しばらく目を閉じていると、昼間の不思議な出来事が脳裏に浮かんだ。あれは、ストレスによる幻覚なのか。とにかく精神的に不安定であったのは間違いない。
「もう一度のぞいてみよう」
僕は、ふと思い立ち、鞄からカメラを取り出してみた。そして彼女の後ろ姿をファインダーでのぞいてみた。
「そんな・・・」
その光景に、僕は、息をのんだ。彼女の姿がなかった。そんなはずはない。確かに今彼女は目の前を歩いている。
「どうして・・・まだ幻覚をみているのか」
何度も瞬きをしたが、同じだった。ファインダーから視線をはずした。そこには、街灯の下をマンションへと向かう、彼女の後ろ姿があった。カメラをつかむ指から汗が出てきているのがわかった。
「やめてくれ」
僕はカメラを後部シートへと投げつけた。
「今日はどうかしているんだ」
早く帰って休もうと思った。僕はサイドをおろし、アクセルを踏み込んだ。
車は夜の街を猛スピードで走っていた。
「ストレスだ、極度のストレスが引き起こしたんだ」
そう心に言い聞かせた。車を降りて彼女を呼び止め、この奇妙な事実を話すこともできた。でも、ただの狂言としか受け止めてくれないだろう。それに、こんな心理状態を知られたくもなかった。
「きっと明日になればなおっている」
僕の負い目も、時間がたてば消えていく、いや消えさせるつもりだ。僕は家路を急いだ。
その夜を最後に、彼女は僕の前から姿を消した。ファインダーから消えたように・・・。
僕は今になって思う。壊れていたのはカメラではない、僕らの関係だったと。
おわり